2023.05.30

がん遺伝子治療とは

そもそも発がんとは何か

生物の細胞の一つ一つは必ず核酸『DNA』をもっていて、DNAのうち、生きるために必要なさまざまなタンパク質を合成する設計図にあたる部分を『遺伝子』といいます。

遺伝子は細胞分裂の際、本来あるべき情報を新生細胞に伝えることで人の身体は一定の状態を保つことが出来ています。しかし、食生活、化学物質、放射線(紫外線)、ウイルス、老化など、さまざまな要因によって細胞分裂の過程で遺伝子が変異を起こしてしまい、生命に必要なタンパク質の合成が出来なくなることや、死なずに異常増殖を繰り返えしてしまう細胞が生まれてしまうことがあります。これががん細胞です。

人間の体内では、日常的に「がん抑制遺伝子」や「免疫機能」が、異常な細胞の増殖を防ぐために重要な働きをしています。しかし、がん抑制遺伝子が傷ついて正常に働けない状態になるといずれ異常な細胞の増殖(ふえること)が始まっていきます。そしてやがては「がん」を発症してしまいます。多くのがん治療に使用されている、通常の抗がん剤は細胞傷害型抗がん剤といわれ、がんの不死と闘います。一方、最近よくきく抗がん剤の中で分子標的薬といわれるものは主にがんの増殖と戦っています。

がん抑制遺伝子とは

もしも遺伝子が損傷した状態のまま複製された場合、誤った遺伝子の情報をもとに細胞が正しく機能しなくなることが考えられるため、遺伝子が壊れた場合はこれを修復し、これ以上複製しないようにするプログラムが遺伝子には備わっています。このような遺伝子のことをがん抑制遺伝子と言いますが、このがん抑制遺伝子が傷ついてしまうと、壊れた遺伝子がそのまま複製されることで細胞が正しく機能しないばかりか、これを修復したりすることなく無限に壊れたままに増殖を繰り返す状態となります。

この状態に陥った細胞が、「がん細胞」です。がん遺伝子治療では、これを正しい情報を持った遺伝子に置き換えることで、細胞が本来持っている自己修復機能を利用して、がん細胞を抑制して、がん細胞を細胞死(アポトーシス)に追い込みます。

がん抑制遺伝子は、がん抑制遺伝子産物と言われるたんぱく質を作り出し、そのたんぱく質の働きによって、細胞のがん化にストップをかけます。抑制の方法は以下の3種類といわれています。

  • 異常細胞の増殖の停止
  • 細胞の機能修復すること
  • 細胞の自死(アポトーシス)を誘導すること

がん細胞はがん抑制遺伝子が壊れてしまっているので、自律性増殖(無限に増殖を続けること)してしまう、浸潤や転移をおこす、他の正常組織の栄養を奪い衰弱させるなどのことがおこります。

 

がん抑制遺伝子の種類

p53

p53遺伝子は主要ながん抑制遺伝子であり、ヒト腫瘍の半数以上でその変異が認めらます。DNAの修復や細胞増殖の停止、傷付いてしまった細胞をアポトーシス(細胞死)へと導く働きを持った、がん抑制遺伝子の一つです。この遺伝子に傷が付くことでがんが発生すると考えられているほどの重要な遺伝子です。p53 遺伝子は、細胞のダメージやがん遺伝子の活性化などのストレスに対応し、多様な標的遺伝子を転写誘導し、細胞周期の停止やアポトーシスの誘導などによって細胞のがん化を防いでいます。多くのがんはこのp53を働けなくさせる抗体を合成しており、それらに阻害されることなく働けるp53を投与することで治療効果を促進していきます。

p16

p16遺伝子は細胞周期の調整に重要な役割を果たしており、正常細胞が分裂寿命になったり、

発がんストレスが生じた場合に細胞老化を引き起こして癌化を防ぐ自己防御機能として働いています。多くのがん組織で変異やメチル化による不活性化がみられることから、p16が正しく機能しないことが細胞のがん化に深くかかわっているといわれています。

p16は悪性腫瘍の約50%で変異、欠失しており、新たにp16遺伝子を導入することでがん細胞の無限増殖を抑制して排除します。

PTEN

PTEN遺伝子はがん細胞が増えすぎないようにブレーキの役割をするがん抑制遺伝子です。PTENはがんの血管新生を阻害することでがん細胞に栄養が行き渡らないようにする作用を持っており、この遺伝子に傷が付くことでがん細胞の増殖が加速されているといわれています。正常なPTEN遺伝子を投与することでがん細胞の過剰な増殖を抑制して、アポトーシスへと導きます。細胞のなかにAKTという酵素があります。AKTは細胞の分裂を調整して、主に細胞の生存、増殖を媒介していますが、AKTが過剰に活性化すると、本来淘汰されるべき細胞がアポトーシスを回避したり、細胞増殖を促したりするため、がんに強く関与しているといわれています。このAKTの働きを制御するのが、PTENです。PTENが異変や欠損している細胞ではAKTがアポトーシスを抑制するので、がんの増殖が加速してしまいます。正常なPTENを投与することで、AKTの働きを抑制します。

 

CDC6抑制RNA

cdc6(cell division cycle 6)は、細胞を増殖させるために働くタンパク質で、細胞周期の調節因子の一つです。通常は細胞周期の初期(G1期)にのみ少量発現されるのに対して、多くのがん細胞では全周期(G1、S、G2、M期)において大量に発現しています。

このcdc6の過剰な発現により、がん細胞は分裂をコントロールできなくなり無限に増殖します。さらに、がん抑制遺伝子の機能も抑えられ、がんの進行につながっています。

CDC6の抑制RNAは2006年に米国の研究者が発見しノーベル生理学・医学賞を受賞したRNA干渉という技術を応用して開発されたRNAi(RNA interference)標的の1つで、がん細胞が分裂するために必要なCDC6というタンパクの発現を抑え、がんの増殖を停止し、細胞老化・消滅へと導きます。

CDC6は、細胞を増殖させるために働くタンパク質で、細胞周期調整因子のひとつです。がん細胞にはこのCDC6が過剰に発現することから、これを阻害するCDC6shRNA( cdc6(cell division cycle 6ショートヘアピンRNA)を投与して、がん細胞の増殖停止やアポトーシスに導くものです。

TRAIL

TRAILは主要な腫瘍壊死因子の一つで、がん細胞に対して選択的にアポトーシスを誘導します。

デスレセプターという細胞表面の受容体に結合することで、がん細胞にアポトーシスを促すシグナルを送るのがTRAILです。

TRAILという名称は、腫瘍壊死因子関連アポトーシス誘導リガンドの英文頭文字をとってつけられています。

TRAILに対する受容体(デスレセプターといいます)は主にがん細胞に発現しているため、正常細胞に対しては作用がほとんどないと期待され、がん細胞のみにその効果を発揮することが期待されます。TRAILの利点です。

 

ガンキリン抑制RNA

ガンキリン(gankyrin)とは、京都大学の医学研究科の藤田潤教授らによって、1998年にヒトの肝細胞がんから見つけ出した新規のがん遺伝子です。がんの当時の研究の報告例では、34のがんの症例全てにこのガンキリンである新規のがん遺伝子が高発現していたといわれています。 ガンキリンはがんを抑制するRBタンパク質の働きを阻害している特徴を有しているといわれています。

ガンキリンは腫瘍を抑制する腫瘍抑制因子を死滅させる働きがあり、抑制遺伝子が本来の機能を果たせず、がんの進行へと導いてしまいます。

ガンキリン抑制RNAはp53やp16、PTENといったがん抑制遺伝子の働きを阻害しているガンキリンをターゲットとしたRNA標的です。ガンキリンはがん抑制遺伝子の殺し屋として働きながら、がんの転移、浸潤、増殖、抗アポトーシス(細胞死)といったがん細胞の働きを促進していることいわれています。こうしたガンキリンの発現を抑えることで体内のがん抑制遺伝子が本来の働きを取り戻し、高効率にがん細胞の消滅を促します。

 

がん遺伝子治療はがん治療の中でいつでもはじめられる治療

がん遺伝子治療とは、がん細胞に正常ながん抑制遺伝子を導入することよって、がんの増殖を止め、アポトーシス(細胞死)に導く、がんの治療方法のひとつです。

がんの「増殖」や「不死」の原因となる遺伝子に直接アプローチする治療法ですので、がんの進行度(ステージ)や「転移」「再発」などを問わず治療が可能なものです。万が一、副作用が起きても軽いことから体力の衰えた末期の患者さまであっても治療を受けることができます。

がん細胞の多くはがん抑制遺伝子が欠落しているか、健康な細胞の正常の機能をはたさなくなっています。がん遺伝子治療はがん抑制遺伝子やマイクロRNA抑制タンパクを体内に導入することにより、がん細胞の増殖を止め、自然な細胞死を迎えるように誘導する治療です。

いつでもいつからでもできる治療法である

正常細胞はもともとがん抑制遺伝子を持っているので、がん遺伝子治療による影響を受けることはまずありません。がん細胞だけに作用する治療となります。

がん遺伝子治療は、標準治療との相乗作用が期待できる治療と思います。

標準治療を開始する前でも、もしくは治療中であっても、がん遺伝子治療を組み合わせることが可能です。

抗がん剤との併用

抗がん剤には現在は、一般的な抗がん剤(細胞をこわす)タイプのものと増殖を抑制するもの(分子標的薬といわれるもの)があります。

一般の抗がん剤とp53・p16はDNAに対する作用機序が似ているため相互作用を示すといわれています。

分子標的薬といわれる抗がん剤とPTENは同じ増殖シグナル抑制に働きかけることから相互作用を示すといわれています。

放射線治療に対して、DNAに損傷がある細胞を自滅に追い込むp53・p16も相互作用を示します。

このようにがん遺伝子治療は放射線治療や抗がん剤治療など、標準治療との併用による相互増強作用が期待されます。がん遺伝子治療は、主に点滴による投与となることから身体的にも精神的にも負担の少ない治療と考えられます。

遺伝子治療とベクター

遺伝子治療とは疾患の治療を目的として、遺伝子または遺伝子を導入した細胞をからだの中に入れる治療法です。この際、遺伝子を運ぶ役割をはたすものが、ベクターと呼ばれています。当初の遺伝子治療ではアデノウイルスというベクターを用いていましたが、発現期間が短く、細胞の核に入り込む可能性も少ないため遺伝子治療のベクターとしては不十分なものでした。後にレンチウイルスというベクターを用いて、発現期間が長く、細胞の核にまで容易に入り込む特別な微小胞を使用することにより、遺伝子治療の効果はさらにアップしていきました。